温泉♨マークについて

 経済産業省が、案内用マーク「ピクトグラム」の見直しをしようとしています。2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、よりわかり易い案内用マークに変更しようというものです。
非常口マーク トイレマーク
 人が駆け出すような非常口マーク、男女が並んでいるトイレマーク。今ではすっかりお馴染みのマークは、至るところに溢れており、日常生活にすっかり溶け込んでいます。 この「ピクトグラム」が日本で使われだしたのは、1964年開催の「東京オリンピック」からとのことで、競技種目のマークや案内用マークの多くは、その後改良が加えられ、今では世界中で使用されるようになっています。
 さて、温泉♨マークですが、経済産業省の狙いは外国人の方にも一目でわかり易いマークというのが、基本的な考え方のようです。(その他のマーク等についても同様で、新設するマークも多数あるとのこと)
温泉マーク
(経済産業省案)

 そもそも、温泉♨マークはいつごろから使われていたのでしょうか。意外と知られていないのも事実です。温泉ファンなら是非知っておきたいところですね。

 群馬県磯部温泉をご存知でしょうか。群馬県と言えば、草津温泉、伊香保温泉や水上温泉等全国的に知名度の高い温泉地が多く、日本でも屈指の温泉大国ですが、安中市の近郊にある旅館8軒(2016年現在)あまりの小規模温泉地、磯部温泉が存在します。そしてこの磯部温泉こそ、温泉♨マーク発祥の地として知られる極めて貴重な温泉地でもあるのです。

 1661年(万治4年)、農民同士の土地の境界線を巡る対立から訴訟合戦となり、江戸幕府から出た判決文「上野国碓氷郡上磯郡村と中野谷村就野論裁断の之覚」の添付図に磯部温泉と記した記号が2つ存在しています。温泉から水蒸気が上がる様相を現す記号として具象化されており、これが温泉♨マークの始まりです。
上野国碓氷郡上磯郡村と中野谷村就野論裁断の之覚
(画像中央部に2つのマークが見える)

 磯部温泉には、温泉♨マーク発祥の地として赤城神社に記念碑も建立されており、当然今回の温泉マーク変更には大反対という立場で、ニュースにも取り上げられています。また、19世紀ドイツの地図に描かれていたらしいとの説もありますが、起源が定かではなく、裏付ける文書等も存在しないことから、磯部温泉説が現状では最も有力と思われます。

 もう少し温泉♨マークのことをお話しますと、地形図の地図記号として最初に現れたのは1884年(明治17年)、陸軍参謀本部陸地測量部が測量した大阪地方の準正式地形図だとされており、1879年(明治12年)に内務省地理局測量課で制定された点図が、そもそもの始まりとされています。

 これ以降、地形図の記号として一貫して使用されていて、明治17年~明治28年に「温泉」、明治33年~昭和17年においては「鉱泉」、昭和30年~昭和35年においては「温(鉱)泉」、昭和40年以降は「温泉・鉱泉」を表す記号として用いられています。

 一時期、連れ込み旅館(今でいうラブホテル)等にもこの記号が使用されたことから、イメージの悪化を危惧した温泉旅館組合は、1955年に連れ込み旅館への使用を禁止しました。通称“さかさクラゲ”という隠語も死語となり、マークは温泉浴場を示すマークとして定着しました。台湾や韓国でも日本統治時代以来、温泉♨マークが使用され、韓国では今でも旅館を示す記号として使われています。

 また、温泉♨マークは、立ち上る3本の湯気を現したもので、1回目は短く、2回目は長く、そして3回目には短く入浴することを現したものだと唱える人たちもおりますが、何の根拠もないものです。温泉は、泉質等によっても入浴には制限が有ったりすることから、入浴回数や入浴時間をマークによって象徴的に定めているものではないということです。

 温泉よもやま話、いろいろ面白いですね。

<参考文献>
Wikipedia
群馬県立近代美術館

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